ブログはオワコンなのか?これからのブログについて考える

最近、ブログ界隈ではイケハヤを筆頭にYouTube参入が進んでいる。

私も12月からYouTubeを始め、チャンネル登録は97人になった。

ところで、これからブログはどうなってゆくのか?

ブログがオワコンなのは感じる

ブログがオワコンな理由は多々あるが、日々グーグルの検索表示が変化しているのを見ると明らかに動画への移行がみられる。

検索結果にYouTubeが来たり、GPS機能が加わったり、そもそもグーグルが答えを提供し始めた。

ブログ記事を読まずとも、オススメのものや作り方をグーグルが直接教えてくれるようになった。

5Gや、動画コンテンツが増えていることを考えると、明らかにブログはオワコンである。

文章であることの意義

だからと言って、全ての情報は動画で摂取できるのかと言うと、そうでもない。

レビューや作り方系の情報は動画の方が分かりやすいが、人々が求めている情報はそういったシンプルなものだけではない。

ここで、文章の良さについて考えてみる。

動画のように時間が存在しない

動画は誰が観ても、同じ時間を強要される。

ある意味強制的な所がある。

だけど、文章は途中で違うことを考えたり、目を離してからまた戻ることが出来る自由がある。

 

筆者と読者という対等な関係性

そして自分から読むという行為は能動的なことだ。

文章は動画に比べ、筆者と読者という関係が対等なのだ。

動画では、観る側というのは圧倒的にリスナー的、ファン的要素が強くなる。

情報系では、講義形式になりがちである。

 

何となく、本を読んだり、雑誌を読むような、ダラっとした感じが私は好きなので、そこに文字以外の時間という概念や、場所や音が入ってくると、なんかもうそれは違うって感じがある。

アフィリエイターたちが撤退したらブログはブログらしさを取り戻すのでは?

私が一番思ったのはこれだ。

アフィリエイターたちがこぞって動画へ移行したら、ブログは本当のブログらしさを取り戻すのではないだろうか。

極めて個人的なものでありながらも、不特定多数の人間に読まれる。

そのブログならではの良さは近年アフィリエイトによってごっちゃごちゃになっていたと思う。

ブログが稼げなくなれば、もっとブログっぽくなると私は思う。

金目当てでもなく、意味もなく、ただ個人的な内面世界をぶちまけていく白紙と文字だけの空間。

そしてそれを読む人もまた、顔も知らない誰かの文章から想像する世界を共有する。

その関係性が私はとても好きだ。

これからのブログ

これからのブログは、ブログ好きのためのブログになると思う。

だから文章を愛している人同士の交流になるだろう。

文章の魅力をしっかりと生かしたブログが良いブログになっていくと予想している。

これからこのブログは、色々なものを削ぎ落として、シンプルな文字だけで構成されたものにしていくつもりだ。