「何者かになりたい」という気持ちを捨てた時、あんたになれる

 

「何者かになりたい」

 

私はその言葉に呪われていた。

 

そう思う時、いつも憧れの誰かになろうとしていた。

 

アヴリル、尾崎豊、ロダン、、

 

何者かになろうとしても、絶対に何者にもなれない。

 

分かっていても、自分であることが怖かった。

自分じゃない何者かになろうといつも努力していた。

 

でもそれは自分の影から逃げるのとおんなじ。

 

影は永遠に追いかけてくる

 

そして疲れ果てて人生を潰してしまう。

 

何者かになろうとする努力は尊い

何者かになろうと必死に努力した日々は報われないが、尊いものだと思う。

 

死にものぐるいで何者かになろうとして、何度も挫折してきた。

 

そうしてある日気づく。

 

立ち止まって、自分の影と自分自身を重ねた時、私は私だった。

 

そして道が見えた。

 

私だから、このようにしかできないのだ。

私はこう思うから、こうするのだ。

 

それだけで、全ての理屈が完成する。

 

何にも難しくない。

 

人生はものすごくシンプルだった。

 

好きだから好きなのだ。

やりたいからやるのだ。

 

それだけで、全てOKなんだ。

 

本当の意味でそのことに気づくということが最も尊かった。

 

だから何者かになろうともがいて良かった。

 

苦しかったが、もがいたから自分になれたのだ。

自分であることを許可した人間は強い

「自分が自分である」ことを自分に許可した人間は強い。

 

人のことが気にならなくなるし、何を言われても動じなくなる。

 

水を得た魚のように生きるのが楽になる。

 

全て、自分の呼吸に任せれば勝手に心地よい暮らしが創られていく。

 

どんな場面に出くわしても、自分が感じたことをストレートに表現することができる。

 

それは生きる喜びそのものだと思う。

 

それはコンパスだ。

 

どこにいても、きちんと進む方向を指し示す。

 

それに従って行けば、ちゃんと望み通りの景色を観ることが出来る。

幸せとは

幸せとは自分の道を行くことだと思う。

 

その中には苦しいことや辛いことがあるけれど、自分の意志の中に含まれた苦しみは同時に幸せをも感じさせる

 

逆に最も不幸なことは自分以外の意志のもとに創られた人生だと思う。

 

その中にあっては、どんな幸福も薄まってしまうだろう。

 

だから、どんどん何者かになろうとすればいいと思う。

 

そして挫折しまくれば良い。

 

いつか必ず自分のコンパスが見つかる。