「やりたいことがわからない」それは脳が洗脳されているから

私の人生の多くはこの「やりたいことがわからない」という問題を解決するために費やされた気がする。

なぜ、自分が好きなこと、やりたいことすらわからなかったのだろうか。

これって今思えばかなり死活問題な気がする。

やりたいこと=生きる希望だからだ。

やりたくないことの方が多くて、やりたいことはなくて、人生がつまらなくて死にたかった。

なぜやりたいことがわからない

それはやりたいことを禁止されてきたからだと思う。

子供の頃、親や先生たちにさんざん禁止されてきた。

やりたいこと、ワクワクすること=価値がなくてやってはいけないこと

という風にインプットされている。

だから一瞬楽しそうだと思っても、脳の潜在意識が0.08秒ぐらいでそれを禁止してしまう。

 

それとは対照的に、やりたくない暗記やノート書き写し作業などは圧倒的に退屈なのに、やるべき価値のあることとして脳にインプットされてしまった。

この感情だけが残って、私たちの脳は退屈でやりたくないことに価値があると思い、楽しくてワクワクすることに価値がないと無意識に判断してしまう。

義務教育は退屈な作業を我慢して何の疑問も持たないようになる教育

つまらない話を聞き、時間を守り、退屈な作業を繰り返すことができる人間を作るための教育が義務教育だったように思う。

社会に出てから、何も考えずにただ上司の言うことを聞いて仕事をしてくれる人材が欲しかったから。

確かにそういう人材は雇いやすい。

問題も起こさず刃向かうこともせず何の疑問も持たず働いてくれる。

ただ、終身雇用制度が終わったこれからの社会で生きるにはあまりにもリスキーな人材になってしまう。

完璧を目指そうとするから

せっかくやりたいことが見つかって、始めてみたもののすぐに投げ出してしまうことがある。

今思えば、自分より上手い人を見てやる気をなくしたからだ。

でもそんなことをしていたら、いつまでたっても何もできない。

どんな世界にも上には上がいるのだから。

周りと比べる癖もまた、どこかで覚えてしまったのかもしれない。

やりたいことを、ただやるだけで、続けるだけでオーケーなのに。

人にこう思われるかもしれない、そう思って辞めてしまうのは本当にもったいない。

今まで覚えたこと全部デリートしよう

ということで、私たちの脳は多くの間違った洗脳をされている。

本当にやりたいことがわかるためにはその洗脳を解除する必要があると思う。

それは脳の柔軟性を取り戻す行為だ。

固定観念を捨てて、違う角度から物事を考える訓練をすれば良い。

 

例えば、今まで私は家でYouTubeばかり見ていると罪悪感に駆られた。

ダラダラと時間の無駄をしている、やってはいけないことをしている、という気持ちになる。

 

だけど角度を変えて考えてみた。

自分はYouTubeを見るのが好きなんだ。

まずそれを認めたらもうYouTuberになっちゃえ、と思った。

毎日見てたから、なんとなくやり方がわかる。

YouTubeを見ることが、遊びなのか学びなのかわからなくなった。

 

こんな感じで、禁止を解除すれば簡単に好きなことが見つかる。

好きなことをやっちゃいけないと思って、違うところにやりたいことを探すから見つからなかったんだと思う。

罪悪感なんて要らない

やりたいことをみつけるのに、罪悪感はかなり邪魔をしてくる。

そもそも罪悪感なんて要らないと思うし、自己満足でしかないと思う。

人に迷惑がかからなければ罪悪感なんて抱かなくていい。

どんな人でも最初は本当にしょうもないことから始まるのだと思う。

やりたいことなんて、本当はすごくしょうもないことなんだと思う。

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