死にたいって思えたら何だってできる|負の感情をエネルギーに変換する方法

朝起きて、死にてぇって思った。

 

特に理由はない。

 

そしてググった。

 

一通り見て、日常に戻った。

 

死にたいという気持ちは負の感情であろう。

 

辛い、希望がない、死にたい、

 

だからあんまり人には言えないし、迷惑って感じがある。

 

けど普通、人は死を恐れる。

 

死にたくないから頑張るのが生き物だ。

 

なのに死にたいって思ったらある意味最強な気がする。

 

ネジが外れたような感じだ。

 

普通、死にたくないから少々のストレスを我慢することができるが、それを上回る絶望に対しては死にたいが上回る。

 

だから日本の自殺者は年々増えている。

 

正直言って、非正規雇用、共働きが増える中、私は女で、結婚も子供も考えられない。

 

今の時代、子供が自立できるまで25年ほどかかる。

 

そして平均寿命も延びていて、子育て、親の面倒、自分の生活などが一気に降りかかる。

 

更に少子高齢化の進む日本は増税するしかないし、年金なんてもらえないだろう。

 

仕事が楽しいのかと言えばクソつまらない。

 

何の希望が持てるのか?と思う。

 

正直言って、日本円さえ信用できない。

 

インフレはおそらく起こるだろうから、金を稼いで必死に貯金する気もない。

 

銀行も利率が低すぎて預ける意味がない。

 

日本の経済成長はとっくに終わってるし、閉塞感しかないこの国でそりゃ死にたくなるわな。

 

絶望がスタート

私は失われた20年を生きてきたから、だいたい子供の頃から夢も希望もなかった。

 

絶望がスタートの世代だ。

 

生まれて、なんかよーわからん世界で死にたいって思って死ぬなんて悲しすぎる。

 

昔みたいに、結婚や経済的豊かさに対しての幻想は持っていない。

 

だからこそ、そこから夢を描けたら良いと思う。

 

今、私たちは明確な生涯のイメージモデルがない。

 

だから将来を描きづらいし、全く良いイメージが出来ないから絶望してしまう。

 

けど、逆に言えば新しいモデルを作れる世代だ。

 

江戸時代とかだったら士農工商だったけど、今は自分のやりたいことを仕事にできる。

 

確かに資本主義は富が不平等に分配されるが、その代わりに挑戦権が与えられている。

 

だったらもう少し自由な発想で未来を作っても良いと思う。

 

生涯雇用制度が崩壊したなら、もうせっかくだからやりたいことを片っ端からやってみよう。

 

金だって、もう貨幣ではなくなるだろうし、ポルカみたいな制度がもっと増えて、金を稼ぐ方法は変わるかも知れない。

 

もしくはAIに仕事が取られて、ベーシックインカムが導入され、私たちは働く必要がなくなるかも知れない。

 

もう、数十年の間にいろんな可能性がある。

 

先の見えない将来を不安がるのではなく、もはや楽しんでしまおう。

 

生まれる時代は選べない。

 

だけど、生まれちまった時代を最大限に追い風にすることは出来る。

 

死にたいと思う勇気があるのなら、開き直って楽しんでしまおう。

 

死ぬことは今日じゃなくても良い。