「ナサリン」宗教映画の最高傑作|善人であるがゆえに次々と襲いかかる苦難

メキシコのスラムの一角。汚濁の中にあってなお理想を失なわぬ一人の神父、ナサリン(フランシスコ・ラバル)の姿があった。

彼は殺人を犯した娼婦アンダラ(リタ・マセード)を救おうと神の教えを説くが、アンダラはナサリンのアパートに火をつけ、娼婦との関係を噂されたナサリンは神父の資格を剥奪され、巡礼の旅にでる。その旅の途上で彼は男に裏切られ、今はアンダラと共に暮らしている娘、ベアトリス(マルガ・ロペス)と出会い、彼女の甥の病気を直したことで、ナサリンはベアトリスとアンダラから聖人と慕われ、こうして3人は旅を続けることになる。

次に向かった疫病の蔓延する村で3人は献身的に看護を行なうが、結局無駄に終わった。が、そうしたナサリンの姿に接するうちいつしかアンダラとベアトリスは自らの生き方を変え、立ち直ろうとする決意を固める。

しかし3人の旅に見えたかと思えた光明も束の間、アンダラは殺人罪についての密告によって逮捕され、ベアトリスは昔の男のもとに戻り、そしてナサリンは教会預りの身となる。

善かれと思い施す慈悲の行為は常に意図に反して不幸を招く…

ビリディアナの男版にもみえた。

途中、主人公のナサリオ神父の信仰心と忠実な心に胸を打たれ、キリスト教に引き込まれそうになるも、最後には彼自身も不条理な世界や人間の本質に打ちのめされる。

この物語の結末はブニュエル本人も分からないであろう。

砂漠のシモンにも似ている。

こんなにも美しい人が時に愚かしく見える。

死後の世界があるとすれば報われるであろうが、なかったら…

ゾッとする。

そしてそれは自分自身の人生にも当てはまることだ。