怒れない人へ

私は子供の頃からずっと人に怒ることができなかった。怒られるのも怖かったし、怒りという感情がとにかく苦手だった。怒ってる人がいるだけで萎縮してビクビクするから余計に相手をイライラさせてしまっていつも標的になった。怒られた時の遣る瀬無い気持ちを怒りで表現できないから「自分が悪いんだ」と悲しみに変換して自分を貶めた。


そんな精神構造は自己肯定感を低くし、極度に人を恐れるようになり、私の人生に影を落とした。人の感情というものが怖いから、何も感じないようになろうと努力した。得体の知れない感情がうごめく人間生活というものを極度に恐れた代わりに、論理的なものや重力などの自然法則といったものに惹かれていった。法則や真理を美しいと思った。この世界がどんな法則で成り立っているのかを考えたり、それと身体的に関わるのが楽しかった。


もちろん、そうやって社会から閉じこもって生きていくのも良いかもしれない。だけど資本主義社会においてはなかなか難しい生き方だ。26歳になって思った。怒らなければいけないんだ。自分を傷つけるものとは戦わなければいけない。例えどんなに些細なことでも、不適切な対応をされた時はそれなりの対処をしなければならない。それは単に喧嘩をすれば良いという訳でもなく、自分に相応しくないと判断した場所や人からは距離を置くなど、二度と嫌な思いをしないための対処だ。


世界が自分に嫌な思いをさせた時、それに向かって自分の意思を行動で示さなければいけない。諦めちゃいけないし、自分を傷つけちゃいけない。それが戦うということであり、生きるということだ。前に向かっていくエネルギー、それがなくなったら終わりだ。