【断捨離の本質】自分を大切にできないなら、物を大切に扱ってみればいい

私が断捨離にハマってから4年ほど経つが、最近その本質が分かってきた気がする。

断捨離をするのが難しいのは、物を買う、捨てる基準が分からないからだ。

基準がないと自分がわからなくなる

私は幼少期から殆ど自分の物を自分で選んだことがない。

全てを親が決め、それを使うという関係性の中で育った。

だから物に対する愛着がなかったし、どうでも良かった。

しかし、そのどうでも良さはいつも自分に返ってくるものだった。

自分の身の回りのことに対して基準を持たないということは、全てが受け身になるということだ。

好きなものが分からない、何をしたいのかわからない、どんな暮らしをしたいのか分からない、、

全く何も選べない状態。

赤ちゃんのように全てを他人に委ねて生きてきた。

好かれても、嫌われても、嬉しくも、悲しくもない。

常に「相手が何を求めているか」ということを基準に生きてきた。

その場その場で自分が変わってしまい、一貫性のない自我。

もちろん、物を大切にすることも出来なければ、自分を大切にすることも出来ない。

どのように扱って良いか分からないから、とりあえず粗雑に放ったらかしにしていた。

人間関係も、生活も、そのように雑なものだった。


全ての原因は「基準がない」ことにある。

物と向き合うことで自分が見えてくる

しかし、物と向き合うことを通して自分の在り方の間違いに気づき、さらには基準も見えてきた。

これこそが断捨離の本質なのだと思う。


始めの頃は何を選んだら良いのか、何を捨てれば良いのかも分からなかった。

だから選びようがない。

そこで私は徹底的に物を捨てた。

しかし、またなんとなく欲しいと思った物を買ってしまう。

そしてまた捨てる。

その繰り返しをしていると、だんだん物を買うのに慎重になった。

捨てるのは、買うよりめんどくさいからだ。

もう捨てたくないな、そう思いながら選ぶとだんだん好きなものが分かってきた。


物を買う時の基準は「それを愛せるだろうか?」ということだ。

愛せるということは、大切に扱い、手入れをして長く使えるということだ。

手入れはめんどくさい。

安く買った服などは、クリーニングに出すのももったいない気持ちになる。

手入れにはコストがかかる。

そのコストがかかるくらいなら、捨てて新しい物を買いたい気持ちになる。

だが、それは物を愛せてはいない。

手入れをするのが面倒だとは思わないものが本当に好きな物だ。

お気に入りの物は、手入れが面倒だとは思わないし、使う時にも幸せな気持ちになる。

物を大切にすることは、自分を大切にするということ

身の回りに対する態度は、常に鏡のように跳ね返ってくる。

逆に言えば、自分を大切にできないなら、物を大切に扱ってみればいい

最初は面倒くさいが、だんだんと、大切にするに値するものだけを選べるようになる。

そのように大切なものばかりが身の回りにあると、「自分のことも大切にしなければ」という気持ちになる。


自分を大切にできない人の原因はおそらく、幼少期にありのままの自分を受け入れてもらえなかったことにある。

それどころか、自分とは違う誰かの基準に従うことを強制されたことだ。

「〇〇をしなければ愛してもらえない」という環境で育った場合、常に基準は自分以外のところにある。

だから自分がわからないし、愛せない。

だけど、全てのものはあなたの心を写し、愛し方を教えてくれているのだ。

身の回りの物をよく観察し、自分の心がどのような気持ちになるか、しっかり感じてみて欲しい。

愛着の湧くものを集めて大切にしていけば、いつか自分自身も大切に出来るようになる。

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