私の幼少期|目に見えなくて金にならないものを探す意味

ブログをワードプレスに移転して3週間ほど経ちました。

 

自己紹介をしていなかったので今日は私のことについて書きたいと思います。

バレエ漬けの幼少期

 

私は3歳からバレエをやっていて、20年間続けていました。

 

母親は、子供の頃にバレエを習いたかったけど習わせてもらえなかったことを根に持っており、私が生まれた時からこの子をバレリーナにすると意気込んでいました。

 

自我が出始めた頃からレッスンに行きたくない時があり、「今日は行きたくない!」と言うと母親はヒステリックに怒り、それ以来風邪以外でバレエを休んだことはありません。

 

自分を押さえ込んで人の顔色を伺う子供になっていきました。

 

自分を押さえ込んで仮面を付け、理想を演じることで罪悪感が生まれ、自分の心と世界の間に深い溝が出来てしまったのです。

 

小学生で人生に絶望

 

小学生の頃には生きる意味を探し始めました。

 

表ではバレリーナを目指す娘を演じ、心では人生に絶望していました。

 

バレエ教室の先生に対しても反抗的になり、意を決してバレエを辞めると親に告げました。

それを受けて親はバレエ教室を変えました。

 

私は地獄がまた始まると更に深い絶望を感じていましたが、次のバレエ教室の先生はバレエを更に奥深く、美の追求をしている先生でした。

 

今までのスパルタではなく、人生に対して哲学を持っており、言葉を介さなくても私の過去を丸ごと受け入れ、道を照らしてくれました。

私は夢中になって人体の美しさ、音楽、物語の世界に生きる希望を見出しました。

 

義務教育と資本主義に打ちのめされる

 

高校2年あたりから頻繁に学校の先生に呼び出され、大学受験のためにレッスンを減らすよう言われました。

 

週6日、レッスンに明け暮れていた私の成績はあまりよろしくなかったのです。

 

「何のために踊るのか?プロになるのか?」と問い詰められましたが、私にはプロになる実力はありませんでした。

 

「美しさを追求したいんです」という私の言葉は「それがいくらになる?良い大学に入って良い企業に就職しろ」という言葉で踏み潰されました。

 

 

悔しさに対して振りかざす言葉を当時の私は持っていませんでした

 

 

それから2年間浪人しながら受験勉強と社会と自分との闘いが始まります。

 

確かなモチベーションもなく、もちろん、全落ち。

キャバ嬢になって酒浸りになりました。

 

たまたま受かった美大へ入り、上京。

 

義務教育と資本主義への挑戦

 

私の人生はこれに尽きます。

 

金にならないものの価値を問いただす。

 

既存の価値観をぶっ壊す。

 

まだ道の途中ですが、自信を喪失したり、絶望したりしながらも、ずっと続いている闘いがあります。

あの頃の自分、同じ思いをしている人たち、絶望している人に向けてエールを送りたい。

 

生きる希望と喜びを見つけたい。

 

そんな思いでブログを続けています。