「ケーキの切れない非行少年たち」思考は現実を歪める

本屋さんに行くと決まって目にするこの本。

最初は「なんだ、ルポみたいなやつか」と思って読む気がなかったが、これだけ流行っているのだから読んでみようと思った。

なかなか読みやすく、面白かった。

 

この本の内容は主に少年院に入れられた非行少年たちの現実である

著者の宮口幸治さんは元精神科医であり、その後少年院で法務技官として勤務していた。

 

彼の視点から見えた、少年たちの抱える問題を提起している。

多くの問題は認知機能の歪みから生じる

この本の言わんとすることは、非行少年たちの認知機能がどれほど歪んでいるかということだ。

「世界がどのようなものか」ではなく「世界がどのように見えているか」という所に着目したのはさすが精神科医だと思った。

 

ユングもそのことについてかなり探求していたが、実際、世界は「どのように見えるか」という部分だけがリアルなのだと思う。

 

私も鬱気質なのでよく分かるのだが、鬱になった時は思考が歪む。

思考が歪むということは即ち現実が歪んで見えるということだ。

 

道行く人の視線が自分を馬鹿にしているように見える。

笑っている人々が自分のことを話しているように見える。

 

実際は全くそんなことはないのだが、自分にとってそう見えてしまえば、それは現実なのである。

 

多くの非行少年たちも、このように現実が歪んで見えてしまい、馬鹿にされたと思い込んで暴力を振るったりする。

 

原因は自己肯定感の低さや、認知能力の低さだ。

思考パターンは、それまでの対人関係のあり方や自己評価によって形成される。

 

なので、精神科ではこの思考の歪みを正常に戻すために自己肯定感を高めたりする。

認知能力の重要性

しかし、本書で重要視されているのはもう一方の認知能力の方だ。

どんなに自己肯定感を高めたとしても、認知能力が低ければまた誤った物事の捉え方を積み重ねてしまう。

 

さらに、認知能力は対人スキルには欠かせない要素であるから、社会に馴染むためには必須である。

 

認知能力とI.Qの数値はあまり相関関係がなく、高学歴でも認知能力の弱い人もいる。

ADHDやアスペルガーといった名称も付けられているが、一概に一つの指標だけで判断するのは難しく、見落とされてしまうケースも多い。

 

軽度の知的障害者は日常生活をする上では概して一般の人たちと何ら変わった特徴が見られないのだ。

現実を良い方へと向かわせる努力

そのように、教育段階で見落とされ、忘れ去られてしまう人たちを救うにはどうすればいいのか?という問いが最終章となっている。

日本の教育現場に不足しているもの、世間の無理解、医療現場と現実の齟齬などを明らかにした上で、その解決策と有用性について書かれている。

 

これは少年院に入れられた人たちを救おうということだけの話ではない。

いわゆる健常者と呼ばれる人にも当てはめて考えれば人生をより豊かにすることが可能である。

 

実際、本当の現実というものは誰にもわからない。

相手の気持ちなどは絶対にわからないものなのだ。

 

例えば、「会った時に目を逸らされた」という現実があったとする。

嫌われてると思えばこちらも目を合わせることが出来なくなり関係が悪くなるが、きっと恥ずかしいから逸らしたのだと思って挨拶をすれば現実は少しだけ良い方向に向かう

 

そうやって、現実を映し出すフィルターを良くなる方へ持っていく努力は私たちの幸福度を高めるだろう。

 

 

社会問題は「一部の問題を抱えた人を健常者が助ける」という構図に当てはめがちだが、実際はもっと複雑に絡み合った相互関係の中にある。

健常者と呼ばれる人からのイジメによって被害者が加害者になる。

 

まずは自分が明るく人に親切な生き方をし始めた時、世界が少しずつ変わり始めるのかも知れない。