やり方を教わることで失うもの|独学のすすめ

多くの人は何かを始める時、まず経験のある人に教えを請う。

 

その方が無駄なく重要なことを教えてもらえるし、効率がいい。

 

しかし、それで失うものについて考えたことはあるだろうか。

 

まだ何も知らないから出てくる癖や個性が消える

 

まだ何も知らない時は、自分のやっていることを理解していない。

 

その人の癖や個性がそのまま表出する。

 

そしてそのことにすら気づかない。

 

やがて周り見渡す余裕ができ、人との違いに気づいていく。

 

だが、最初から教わるとその個性が出る余地がない。

 

必要なものはコレ。

最初はこうやるんだ。

こうすると失敗するよ。

などというガイドラインが邪魔をして決められたものしか出てこない

 

そこからスタートすると今度はオリジナリティを出したい時に苦労することになる。

教えてもらえなかった幸福

 

私は編入する前、何人かのすごく絵の上手い人にデッサンを教えて欲しいと頼んだ。

 

しかし全員に教えたくないと断られてしまった。

 

教えてしまうと癖がなくなってしまうから自分のやり方で好きなように描いた方が良いと。

 

下手すぎて手に負えないと遠回しに断られたと思っていた私は、みんなが意地悪だと思ってムカついた。

 

けど、今思うと本当に教わらなくて良かったと思う。

 

そのおかげで絵だけは何の先入観もなく自由に描くことができる。

ブログも然り

 

ブログも誰にも教わらなかった。

 

だから時間はかかったが自分の書きたいことが書ける。

 

まず自分がやりたいようにやってみる。

 

そして失敗して、やり方を変えたりして続けていく。

 

そうすれば気付かないうちにブラッシュアップされていく。

 

 

最近思うことは、似たようなブログがありすぎるということ。

 

内容も見た目もそっくりで区別がつかない。

 

もっと圧倒的に癖のあるブログはないものか。

 

探していてもなかなか見つからない。

 

その点はてなブログは収益化するつもりのない人が多く、癖のオンパレードだから面白い。

 

 

話が逸れてしまったが、言いたいことは誰かに教えてもらうことによって失うものがあるということ。

 

知らないからこそ出せるもの。

 

そういったものには目を覆いたくなるような拙さと、嫌悪感さえ感じさせる魅力が備わっている。

 

それを最初から捨ててしまうのはなんとも勿体無い。

そもそも教育なんて出来るのだろうか

 

ある程度は可能だろうが、その先。

 

全てのことに共通して、経験の大切さを感じる。

 

やってみなけりゃわかんないことって殆どだ。

 

だから私はいつも人の言うことを聞かない。

 

自分でやってみないと納得がいかない。

 

たまには孤独になるけど、自分で世界を認識していくことはすごく楽しい。

 

ガイドブックなんか捨てて気の向くまま歩いた方が面白い出来事にぶつかる。

 

人生も、そうかも知れない。

 

テレビを消して、ハウツー本を閉じて、自分の目で世界を見てみよう。

 

少しの恐怖と、ワクワクを感じたらそのまま歩こう。