社会とのヤンキー的接合|マイルドヤンキーの生き方

地元のヤンキーは長年かけて育んだ共同体の繋がりと価値観の中で暮らしている。

 

一方、大学に進学した人は都内の企業で勤め、多くのストレスに晒されながらもお金とステータスをある程度もらえている。

この生き方の違いは殆ど生まれた家の価値観や年収によって決まってくる。

 

これは現代の身分制度であり、親の収入と価値観がそのまま子供に遺伝しやすい社会になりつつある。

ある程度の収入がある家は子供を塾へ行かせ、小中学校から私立に入れ、偏差値の高い大学に入ることを目標に、そういった地元的な価値観を有した者との接触を絶っていく。

そしてヤンキーたちは地元の共同体の中で、ずっと同じ仲間たちと過ごす。

 

さらに、ヤンキーたちはイオンなどの大型ショッピングモールで買い物をすることを自主的に選んでいるように見えるが、そのような街づくりを意図的にされていると考えることも出来る。

 

大型のショッピングモールなどが出来れば地元の小さな店は次々と潰れ、街の人たちの生活スタイルは必然的に皆んな同じようになる。

 

社会とのヤンキー的接合の強み

 

一方で社会とのヤンキー的接合は共同体を有しているという点から見れば強みもある。

都心で独身暮らしをしている方があらゆるリスクに対してのセーフティーネットが希薄になっているからだ。

 

共同体としての繋がりを持たずに社会で孤立することはとてもリスキーなことだ。

今の社会での貧困層は主にシングルマザー、独身高齢者だが、彼らは地元的共同体も、金も持っていないから最底辺に堕ちてしまった。

 

そしてこれから、日本はますます格差が拡大していく。

つまり正社員として働いていた人たちが共同体も家族も仕事もない最貧困層に転落するのだ。

地元的接合をしていた人たちも、中流層ではなく、貧困層になっていくだろう。

社会の二極化は、株式などの資産を保有する数パーセントと、貧困層になってゆく。

それが資本主義社会だ。

 

ヤンキーたちが大切にしているものとは

 

地元のヤンキー的な生き方はある意味とても自然な、今までの日本人のライフスタイルだったはずだ。

ところが資本主義社会に変容したことによって、地元に残る人と都内に移り住む人たちの価値観に大きな違いが生まれてきた。

そして家庭ごとに収入にも大きな差が生まれ、教育にまで資本主義のシステムが入り込むことになった。

その結果として生まれたのがヤンキーではないか。

金、知識、学歴がないヤンキーにとって共同体は自分を守る最も大切なセーフティーネットだ。

彼らは自分が社会的弱者であることを知っている。

 

そしてこれからグローバル化によって益々激しい競争社会になった時、今は弱者でない者が弱者に成り下がってゆく。

その時こそ日本人がどのような暮らしを求めていくべきか考えさせられるはずである。

 

数%の富を搾取する者と、残りの貧困層という二極化された社会を許容すれば、文化だけでなく、医療、教育、食といった人間にとって最も大切な営みすらも破壊されてしまうだろう。

 

社会とのヤンキー的接合はグローバリゼーションや競争社会が奪い去ろうとしている大切なものをまだ有している気がする。